1.天地創造

 天地が創造される以前には、何も存在しなかった。神は全てのものを創造された。神は天使達を創造されたが、彼らの中には神に背くものがあらわれ、悪霊となった。神は悪霊を地上に置かれた。悪魔は悪霊の王である。神は我々の見ることができるもの、つまり動物、木々、山、河、星、そして太陽を創造された。神の創造は完璧であった。最後に神が造られたものが人間の男と女であった。神はまず男を形造られ、そして、男のあばら骨の一部から女を造りあげられた。女性は男性の助力者、そして、伴侶となるべき存在であった。神は彼らの中に命の息を吹き込まれた。

 アダムとイブは、全裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。神は彼らを楽園に住まわされた。神は御自分の創造を良しとされ、そして、お休みになった。その頃まだ世界には罪というものはなかった。神はアダムとイブに子を産み増やし、そして神に従うように言われた。ただ一つ、楽園の中心にある木になる実を食べないように言われた。彼らは天地の創造物の中で最たる者となり、地上を満たした。

 

2.堕落

人間は罪をおかした。――神からの離反

アダムとイブは楽園ですばらしい生活をしていた。これといった仕事もせず、空腹にもならず、渇きも感じず、苦痛もなく、そして、衣服の必要がなかった。彼らは全創造物の長であり、動物の名を名づけた。神は彼らに直接語りかけられた。そして、ただ1本の木の実だけは食べぬように言われたが、イブは思いきって、禁断の木に近づいた。すると、一匹のヘビが彼女を呼び、誘惑した。ヘビは、「神はこの木の実を食べてはいけないと言われたのか。」 と尋ねた。「おまえが木の実を食べても決して死ぬことはない。」と言った。ヘビはイブに嘘をついたのだった。イブは木の実を食べた。それから彼女はアダムにも渡したので、彼もまたその木の実を食べた。すると彼らは自分らが裸であることを知り、お互いに恥ずかしがった。恥じらい、葉をつづりあわせて腰をおおうものを作った。神が呼ばれた。「アダムよ、どこにいるのか。おまえが裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと言っておいた木の実を食べたのか。」そして、アダムは神に罪の告白をした。誤った行い(罪)のため、神は彼らを楽園から追放した。

神は彼らをののしられた。男は汗して働かねばならなくなるであろう。土はいばらとあざみを生え出でさせるであろう。女は生みの苦しみを持つようになるであろうと。

しかし神は慈悲深い方であったので彼らに獣の皮で衣服を作って与えられた。神は獣を犠牲にする事を通じて、彼らの罪の結果をあがなわれた。彼らの犯した罪のため、炎の剣を立てられ楽園への二人の再侵入を防がれた。神は彼らにあらゆる所に出ていって、地上に人間を増やすように言われた。アダムとイブは子孫を得たが、全てが罪人であった。しかし、神はそれでも愛しつづけておられた。

 

 

3.カインとアベル

アダムとイブの子孫は、彼らと同様に罪人であった。彼らの長男はカインと呼ばれた。彼は農夫となり、土地を耕した。次男のアベルは羊飼いとなり、動物によって生活を得ていた。彼らは動物のいけにえを神へのささげものとしていた。ある時、カインは神へのささげものとして農産物の一部を捧げた。アベルは、最高のもの、つまり彼の羊の中から一番肥えた初子を捧げた。

神はアベルのささげたものに満足され、目を留められたが、カインのささげものには目を留められなかった。アベルは,神へ血のささげものをする事で信仰を示したのだった。このことで カインはとても怒った。神はカインになぜそんなに怒るのかと尋ね、罪に支配されぬようにと忠告なさった。その後もカインの怒りはおさまらず、とうとうアベルを野原に誘い出して殺してしまった。神はカインに尋ねられた。「おまえの弟はどこにいるのか。」それに対してカインは、「私は弟の番人でしょうか。」と答えた。神は彼に、「おまえの弟の血が私に叫んでいる。」といわれた。神はカインをその罪のために罰し、さすらい人として放たれた。しかし神は彼にも慈悲を示され、誰もカインを殺さぬようにカインの身体に印をつけられた。

 

4.ノア

神は罪を罰せられ、誓いを守られ, 救世主を私達にお送り下さる。

アダムとイブの子孫はさらに神に背き、罪を重ね続けた。彼らは神を愛することも従う事も全くやめてしまった。神はそれを好ましく思われず、人間を造ったことを悔やまれた。しかしながら、この世にただ一人だけノアという名の正しい男がいた。神はノアに舟を作るように言われ、洪水を起こして人類を滅ぼそうとなさっていることをお告げになった。神は命の授け主でいらっしゃるが、同じようにそれを取り去る事もできる方である。人間の罪深さは神をとても悲しませた。さて、ノアは言われたとおり木とタールを使って巨大な舟の製作にとりかかった。彼の家族も舟の製作に手を貸した。ノアは民衆に大洪水の来ることを告げたが、みなノアをばかにし、嘲り笑った。雲が空を覆い始め、1つがいずつのあらゆる動物たちが集まってきた。ノアの家族とその動物たちは舟に乗りこんだ。それから神は、舟の戸を閉められた。雨が40日40夜も降り続き、水は地上を覆い尽くした。ノアと彼の家族以外の人間はすべて溺れ死んだ。ノアの家族は1年以上も舟の上で暮らし、その間神は彼らと共におられ常に御心に彼らのことを留められていた。ついに地上から水が引き、いたるところに地面が現れてきた。神は舟の戸を開けられ、みなは外へ出た。ノアは感謝の気持ちを示す為にささげ物を供した。神は空に虹をかけられ、もう2度と世界を洪水で破壊することのない誓いをたてられた。

 

5.ソドムとゴモラ

神は罪を憎まれ罰される。

ソドムとゴモラという最も罪深い2つの都市があった。ソドムにはロトという名の正しい男とその妻、そして二人の娘がいた。彼らもやはり罪人ではあったが、この町で何一つ悪い行いをしたことがなかった。神は罪深い町、ソドムとゴモラを破壊してしまおうと決心なさった。ロトが正しい人間であると知っていらしたので彼に慈悲をかけられた。二人の天使をロトのもとへ遣わし翌朝、町は滅ぼされるのでそこを去るように警告なさった。町の人々はロトの家へやってきて天使に乱暴を図ろうとしたが、天使は人々に目潰しをくわせた。その夜、ロトと妻そして二人の娘は町を去った。天使は彼らに、神を信頼し神の計画に従うように、そして決して後を振り向かぬようにと注意した。町を逃げる最中にロトの妻は滅ぼされる町を振り返り、塩の柱となってしまった。ロトと娘達は神の慈しみを受け、この災難から救われた。こうして神は邪悪な人間を全て滅ぼされた。

 

6.アブラハムとイサク

 神は常に計画しておられる。

アブラムという正しい男がいた。彼はとても信仰深かったので神は彼を選ばれた。彼は神を信頼していた。アブラム(アブラハム)にはサライ(サラ)という妻がいた。彼には子がいなかった。また、ロトのおじにあたった。神は彼に今住んでいるところから知らない土地へと移り住むようにいわれた。アブラムは自分の持ち物をとりまとめそこへと移動した。彼は信仰を持っていたから神は多くの誓いを彼のためにたてられた。それは、アブラムは彼が今後所有するであろう土地を手に入れること、多くの子孫を得ること、また,世界中の人が彼の子孫を通じて祝福されるであろう、ということであった。彼は神を信じてはいたが、妻はすでに子を身ごもることなく老人になっていて、もはや子供の持てる年齢ではなかった。ソドムとゴモラがまさに破滅されようとした時天使がアブラムのところへ来て一年以内に子供が授かるだろうと告げた。アブラムとサライはそれを笑った。なぜなら二人とも年老いていたからである。一年後、イサクと呼ばれる息子を得た。名前の意味は「笑い」である。彼らはイサクをとても愛し、できる限りの世話をして育てた。ある日、神はアブラムに向かって、イサクを神へのささげ物としてささげるために彼を伴い、イサクを殺して燃やすための焚き木をもって指定する場所へ行くように言われた。彼には信仰があったので言われるとおりに従った。途中、イサクは父アブラムに、「どこにいけにえにする動物がいるのですか。」と尋ねた。アブラムは「神が用意なさるだろう。」と答えた。そして彼らは神が言われた場所に着いた。アブラムは祭壇を作り、その上に焚き木を置いてからイサクを縛り、神への捧げものとしてまさに息子を殺そうとした。その時、一人の天使が現れ彼にそれを止めさせた。「殺してはならない。」と天使が言った。そして近くに神が用意なさった子羊を見つけた。神はアブラムの深い信仰をみられて喜ばれたことを語られ、それ以来アブラム、サライからアブラハム、サラと二人の名前を変えられた。神はアブラハムに土地、子供が授かる事、そして世界を祝福するという神との約束事が守られていることを彼の心に焼き付けられた。イサクは成長して彼の子孫を増やした。

 

 

7.エジプト

神は契約を守られ、彼を信じる人々を祝福される。

アブラハムの子孫達はエジプトへと飢饉から逃れるために移動した。彼らはエジプトの王からわずかな土地を与えられた。その土地はとても肥沃な土地であった。彼らはそこになんの問題もなく、400年間も住みつづけた。神は彼らを祝福され、彼らは家族を増やし裕福に暮らした。エジプトは新しい王の時代となり、次の王は、アブラハムの子孫達が繁栄し過ぎ、自分達を征服するのではないかと恐れた。王は彼らを奴隷とし、レンガで町を作る仕事をさせた。しかし依然として神の祝福を受けていたので増え続け、そのため王はさらに彼らの暮らしを脅かした。王は、彼らの男の子を殺し始めた。この時代は彼らにとって実に過酷な時代であった。悲しい叫びと苦痛に満ちていた。神はアブラハムの末裔たちの悲しい叫びを聞かれその苦しみを知られ、アブラハムの末裔を救うために誰かを送り入れようとご計画された。なぜなら、彼らは神の子であり、とても愛されていたからである。

 

 

8.燃える柴

神は民を救う為に誰かを差し向けられる。

ある家族がおり、彼らは信仰を持っていた。彼らはモーセと名づけられた赤ん坊を隠し育てていた。それはエジプト全土の男児を殺せという命令のためであった。モーセが大きく成長しこれ以上隠して育てられなくなった時家族は赤ん坊を籠に入れてナイル川に沿って流した。王の娘が水浴をしていてモーセを見つけ、そして彼を育てた。モーセが成人した頃、神の民、つまりアブラハムの末裔の一人をなぐっていたエジプト人を殺してしまった。彼は荒野へと逃げた。後にモーセは神の言いつけに従い、アブラハムの民と共にそこをさまよう事となる。ある日、モーセはその荒野にて羊の声を聞いたとき、柴が燃え上がっているのを見つけた。その柴は燃え尽きなかった。そして声が聞こえた。「靴を脱ぎなさい。あなたは神聖なところにいる。」「あなたはエジプトに向かい、私の民を救うのです。」そして言われた。「わたしはある(存在する)というものである。」神ご自身をモーセにお顕わしになった。モーセは恐れた。神は物をヘビに変えること,健康な手を病気の手に変えるという奇跡を授けられた。モーセは神を信じ、再びエジプトの王の元へ戻り、イスラエルの民を解放するように求めた。王はこれを拒んだ。モーセはイスラエルの民に向かって、皆を神がアブラハムに約束された土地へと導く手助けをする事ができることを話した。神は偉大な力を持っておられる。エジプト王の頑固さゆえ、神は10個の災いをエジプトに送られ、更に家の戸口に羊の血を塗りつけていない家の男の初児を殺してしまわれた。ついにエジプトの王はイスラエルの民を解放すると言ってきた。そして彼らはモーセに従いエジプトを去り、荒野の中に出ていった。

 

 

9.十戒

神は正しい事を期待されている。

アブラハムの末裔たちはエジプトを離れた。エジプト人たちはとても怒り、軍隊を送って彼らの後を追わせた。彼ら神の民は数多く、それゆえに荒野の中で容易に見つけられた。彼らが海の突端まで来た時、そこでまさにエジプト軍に捕まりそうになった。神は海の水を分けられ、乾いた地面を表わされ、人々はそこを歩いて渡る事ができた。エジプト軍もその水の中に歩みこんだが、神は再び水を閉じられ、エジプト軍は溺れ、全滅した。契約の地への途中、神は荒野の中で、彼らに食べ物や水を与えられた。しかし民衆は不満を述べた。彼らは神が与えてくださったものに対してそんなに感謝をしなかった。モーセは山に登り一人で神に祈った。モーセが山に行っている時、神が嵐の中に姿を顕わされた。雷と稲光がひどく人々はこれを大変怖がった。神はモーセに10戒を与えられた。1:私以外に神があってはならない。2:いかなる偶像も崇拝してはならない。 3:主の名をみだりに唱えてはならない。 

4:7日目はいかなる労働もせず安息日であることを心にとめなさい。 5:あなたの父母を敬いなさい。 6:殺してはならない。 7:姦淫してはならない。 8:盗んではならない。

9:隣人に関して偽証してはならない。 10:隣人の家を欲しがってはならない。

神はこれらを平らな石に書かれた。

モーセは山上に何日も滞在した。人々はモーセが既に死んだのではないかと疑い始めた。それから彼らアブラハムの子孫らは目で見る事のできる神、つまり偶像を作った。自分達の耳飾や金貨を献上して金の子牛を作りそれを拝んだ。そして、他の罪をも犯した。モーセは山から降りて来て人々のやっている事を見た。彼は皆が拝んでいるものを見て非常に怒った。モーセは神の法が書かれた石を投げ捨てた。そして子牛を拝んでいた人々を殺した。そしてその後、改めて新しい石片を作り、神が再度10戒を刻まれた。

{人々は神に逆らったので殺された。神は私達が御自分に従って欲しいと願っておられる。神は私達を愛しておられるのと同様に、罪は罪として罰せられる。}

 

 

10.青銅製のヘビ

神は慈悲深く、救いの方法を用意してくださる。神は御自分のやり方に私達を従わせたいと思っていらっしゃる。 

神の民らは移動の最中、不満を言いつづけ、神を信頼してはいなかった。彼らは契約の土地の境界までやって来た。神はモーセに少数の人を遣ってその土地を見に行かせるように指示された。その土地はとても肥沃であったが危険な地でもあったので、彼らは神に頼るしかなかった。

民衆は信仰の無さのため、神がお与えになった地に入る事を拒んだ。神は御自分の民を滅ぼしてしまおうと決意なさった。しかし、モーセは 神に祈りを捧げて神の心を和ませた。神はモーセに、民衆は彼らの信仰の無さゆえ40年間荒野をさまよい歩くことになる事を彼らに告げるように言われた。また、契約の土地に入るのを拒む人は皆、決して中に入って行けないと言われた。

荒野をさまよっている間、人々は更に不満を募らせ神に背いた。神はそのような人を噛むようにヘビを遣わせられ、多くの民がこれに噛まれた。モーセは再び民の為に祈り、神はそれを受け入れられた。神はモーセに金属製のヘビを作り、それをさおの先に巻き登らせるように言われた。金属製のヘビを見た人は誰でもヘビに噛まれた傷が癒された。もし傷を受けた人がこれを見なかったらきっと死んだであろう。モーセは青銅のヘビを民衆の中に置いた。これを見た人は救われ、見ることを拒否した人は救われなかった。この様に、新しい事に対して躊躇し考えを新たにできなかった人々は死んでいった。これ以降アブラハムの末裔たちは長年の間さまよい続けた。依然として神は彼らを愛しつづけられ、食糧や水をお与えになった。彼らの衣類や靴はボロボロにならず磨り減る事は無かった。徐々に契約の地へ入るのを拒んだ人々は死んでいき、それから長年経った後、彼らを契約の土地へ導かれ,その地をお与えになった。そこに彼らは町を作り、農場を作り、永く住み続けた。

 

 

 

 

 

 

11.イエスの誕生

神は契約を守られ、特別な御子をこの世へ送られる。

神は多くの予言者をこの世に送られ、彼らを通して人々に、自らの罪によって生じた罰から救い出してくれる誰かをこの世に送り届けることを語られた。

神との契約の地に、マリアという若い娘と婚約しているヨセフという男が住んでいた。マリアは処女であったが,神が聖霊により、彼女の胎内に子どもを身ごもらせられた。ヨセフは正しい男であったので初め、マリアが妊娠している事を知って彼女との縁を切ろうと考えた。天使がヨセフとマリアに現れた。そして,「これは神によって為されたことである。」と伝えた。その後、神の言われるまま、ヨセフは妊娠しているマリアと結婚したが、マリアが子を産むまで一度も関係を持つ事はなかった。

その頃,政府は全ての民を年に一回、住民登録のために彼らの祖先の地へと向かわせていた。ちょうどマリアは出産の時を迎えようとしていた。彼らが祖先の地、ベツレヘムへと旅していた時泊まる所が見つからず、やっとの事で落ち着ける場所を見つけた。マリアはイエスを動物たちの中、厩で産んだ。

天使が羊飼いのところへ行き、「今日、この世の救い主がお生まれになった。神は共におられる。」と告げた。そこで彼らは生まれたばかりのイエスのもとに行きその赤ん坊を賛美した。両親は赤ん坊のイエスを連れて神殿へ律法に基づき、神への感謝を表すため捧げものをするために出向いた。シメオンという年老いた男が毎日神殿に来ていた。神は彼にこの世の救世主を見るまでは死ねない、と言われていた。マリアとヨセフが赤ん坊イエスを抱いて神殿に着た時、神はシメオンに、彼こそ救い主だと告げられた。もう一人、年老いたアンナという女もその場にいた。彼女もまた、神がこの世に救い主を送られるという約束をなさった事を覚えていた。年老いたふたりはイエスという救世主がこの世に来られた事を知り大いに喜び、神をたたえた。

イエスが12才になった時、両親と彼は過ぎ越しの祭のためエルサレムへと向かった。祭が終わり帰路についた時に両親は共にいるものと思っていたイエスがいないことに気づき、エルサレムへと戻って彼を探した。そして、神殿にてユダヤの学者の中に座り、話を聞いたり質問をしているイエスを見つけ出した。彼の話を聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いた。

 

12.イエスの洗礼

イエスは洗礼を受け、伝道を始められる。

神はイエスにさきがけてヨハネという予言者をこの世にお送りになった。彼はイエスの従兄弟にあたる人だった。ヨハネは町中でではなく、荒野で教えを述べていた。彼は人々に悔い改める事、神に従うこと、正しい行いをすることを伝えて洗礼を施した。洗礼を受けるとは新しい人間に生まれ変わる事である。古い人間は洗われ、死んで埋められる。ヨハネは人々に、労働して自分が手にしたものに満足する事、良い行いをする事を伝えた。人々はヨハネに、あなたは皆が待つ救世主なのかと尋ねた。彼は、「とても優れた方が私の後に来られる。私はその方の靴の紐を解く値打ちもない。」「神のための道を整えなさい。」と皆に語った。彼はイエスの事を話したのであった。

イエスが30才になった時、ヨハネが教えを述べていた場所へ旅して来られ、そこから伝道を始められた。ヨハネはイエスを見て言った。「世の中の全ての罪をあがなってくださるこの貴き犠牲を見よ。」

イエスは洗礼のために水の中にお入りになったが、ヨハネは彼に洗礼を施すことをためらった。なぜならイエスは生まれながら神聖なお方であることを知っていたからである。しかし、イエスは、

「正しい洗礼のやり方を皆に示すため、私に洗礼を施しなさい。」と言われた。そこでヨハネは水の中にイエスを沈め洗礼を施した。イエスが水の中から現れると、人々は天よりとどろく声を聞いた。

「これは私の愛するむすこである。」

聖霊が鳩のように天より降りてきてイエスの肩にとまり、彼を照らした。このようにしてイエスは伝道を始められた。

{このようにして私達は神と共に歩み始める。}

この世でのイエスの生涯が終わった後、彼の弟子の一人がアフリカから来た男と出会った。この人は神の言葉について学んでいたが、神の約束についてよくわからなかった。イエスの弟子はそれを彼に説明した。そのアフリカ人は、「私は神を信じます。今、洗礼を受けようではありませんか。」イエスの弟子は彼と共に水の中に入り洗礼を施してやった。

{イエスは私達に正しい事を示され、私達はそれに従い正しい事を行わねばならない。私達は信者となる時洗礼を受ける。}

 

 

13.イエスが海を鎮められる。

イエスは自然界に及ぶ力を御持ちであった。

イエスが洗礼を受けられた後、多くの人々が彼の元へやってきて教えを聞いた。彼はまた、人々を癒され多くの奇跡を起こされた。イエスは御自分の教えを述べ伝え、共に旅をする12人の弟子をお選びになった。ある日、イエスは1日中、説教され病人を癒された。とてもお疲れになり、なおも彼に付き従おうとする群衆から離れて舟に乗り込まれた。舟の上で眠りにつかれ、イエスは安らかでいらしゃった。突然嵐が起こり、突風が強く吹いた。イエスの弟子達は漁師だったので舟に関してはよく知っていたが、嵐はとてもひどくてみな恐れた。彼らは眠っていらっしゃるイエスを起こして尋ねた。「私達が死んでもかまわないのですか。」と。イエスは起き上がられて彼らに尋ねられた。「なぜみんな恐れるのか。あなたがたの信仰はどこにあるのか。」イエスは立ち上がられ、手を伸ばして、「鎮まれ。」と言われた。風も、雨も止み、荒波も止まった。弟子達は、「風や荒波でさえご自分に従わせることのできるこの方はいったいどういう方なのだろう。」とお互いに話し合った。

{イエスは自然界へも及ぶ力をお持ちである事をお示しになった。}

彼らは湖の向こう岸に渡ることができた。

 

 

 

14.イエスは悪霊にとりつかれた男を癒される。

イエスはは悪魔に勝る力をお持ちである。

 先ほどの話の中でイエスは嵐を鎮められた。それから、さらに旅を続けられた。ある湖のほとりに暮らす男がいたが、彼は悪霊にとりつかれていた。悪霊は死人が葬られるところに住んでいた。この男は全裸で,人々は彼を鎖で縛りあげようとしたが、いつも逃げていた。彼は全く理性を無くしており、自分自身の身体を傷つけていた。イエスと弟子達が湖のそばへ着た時、男が近寄ってきてひれ伏し,男の中の悪霊が大声で叫んだ。「いと高き神の子イエスよ、わたしをどうしたいのか。」イエスが尋ねられた。

「名は何と言うのか。」悪霊は、「『たくさんの悪霊』と言う。」と答えた。悪霊達は男から出たがらなかった。しかしこの悪霊達はイエスが自分らを滅ぼす力を持っておられることを知って恐れていた。それで、自分らを滅ぼさずに、近くにいた豚の群れの中に送り込むように頼んだ。イエスはそのようになさった。すると、豚たちは湖の中になだれ込み、みな溺れ死んだ。{豚は悪霊がとりつくよりむしろ死ぬほうを選んだのである。}今まで悪霊にとりつかれていた男は正気に戻り、衣をまとった。彼はイエスのお供をしたいと申し出たが家に帰るように言われた。言われるままに家に帰り、イエスが自分になさった事を人々に伝え、町から町へ言い広めた。

 町からやってきた人々は、何が起こったのか聞いて恐れ、イエスのもとにやって来てこの町から出て行くように言った。彼らはこのままで十分に幸せだと思ってはいたが、真理を欠いていた。イエスと弟子達は舟に戻り、そして立ち去った。

 

 

15.若い娘を癒される。

イエスは死をも勝る力をお持ちである。

イエスは教えを説かれ、病気を癒され、そして多くの人々が苦難をかかえて彼の元へ来た。あるとき、会堂長がイエスの元へ来て彼の娘の病気を治してくれるようにお願いした。娘は死にかけており、「あなたがおいでになって手を娘に置いてくださると、きっと娘は治るでしょう。」と言った。イエスは彼に従って家へと向かった。家につく前に、人々の泣き叫び、弔いを言う声を聞いた。人々は、「あなたの娘は亡くなりました。」と伝えた。

イエスは言われた。「恐れるな。信じなさい。信仰を失ってはいけない。娘は死んでいない。ただ眠っているだけだ。」人々は弔いながらも嘲った。{彼らは死がどんなものかを知っていたから。}

イエスは娘の両親と弟子のペトロ、ジェームス、ヨハネ以外の人を部屋の外に出され、そして娘に向かって、「起きなさい。」と言われた。すると娘は目を覚まし起きあがった。このことは全ての人々を驚かせた。イエスは娘になにか食べさせるように言われた。{娘は幽霊でもゾンビでもなく、まぎれもなく生きていた。}

イエスは家を出た。娘は大丈夫であった。

{もしあなたが葬式に参列してこのようなことが起こったらどのように反応するでしょう。}

 

 

16.食べ物を増やされる。

イエスは人々が必要としている物(事)を考慮してくださる。

 更に多くの人がイエスに従った。彼らはイエスの言葉を聞きたがり、癒しを求めた。数千人の人々が昼も夜も共にいた。ある日、イエスと弟子達は彼らを残して荒れ果てた土地へと向かったのだが、5千人以上の人々がついて来た。夜になり、彼らは空腹だった。弟子達はイエスに、「彼らを帰してください。そうしたら彼らは食べるものを見つける事ができるでしょう。」イエスは言われた。「どこで彼らは食べ物を見い出すといいうのか。あなた達が彼らに食べ物を与えなさい。」しかし、これらの多くの人々に食べ物を与えるとなると二百日分の労働による収入が必要だった。弟子達は、「やっと見つけた食べ物は、一人の男の子が持っているパンが5切れと魚が2尾だけです。」イエスはその食べ物をお手に取り、神に感謝をなさり、パンを割いては12人の弟子達に渡し、群衆に配らせ、1万人から1万5千人ほどの人へ施された。食事の後、皆満腹で、弟子達がその後パンくずを集めると12籠もの食残しができた。

この事により、人々はイエスを彼らの王としたかったが、イエスは、それは神がご計画なさった事ではない事をご存知だったのでこの場から立ち去られ、祈りの為に誰もいないところへと向かわれた。

 

 

17.盲目の男を癒される。

イエスは病にも勝る力をお持ちである。

イエスは日中の祈りの為祈りの場所へ行かれた。そこを去られる時、一人の盲目の男が施しを求めているのをご覧になった。弟子が、「一体誰の罪がこの男を盲目にしたのですか。」とイエスに尋ねた。「本人でも誰でもない。彼が盲目なのは神が御業をお示しになるためである。」と答えられ、土を手に取られ彼の目にお塗りになった。イエスは男に行って目を洗うように言われた。男は言われたとおりにやると、目が見えるようになっていた。人々は彼を見て、「この男はここで物乞いをしていた男ではないと思うが・・。」また中には、「いや、違う。」「ただよく似ているだけだ。」「いや、彼だ。」とか言い合った。

 ユダヤ教の長老達はその盲目だった男に、「どのようにして盲目が癒されたのか。」と尋ね、男は、「イエスが治してくださいました。あの方は予言者です。土をこね私の目にそれを塗り、洗い落とすと目が見えるようになりました。」と答えた。しかし彼らは、「いや、イエスは罪人だ。」と言った。

{彼らはイエスと今まで無かった新しい事を恐れた。}

「罪人が誰を癒せるでしょうか。あなた方はユダヤ教の指導者ではありますが、真実を見る事を拒んでいます。もしも神を賛美し神のご意志に従うなら、神は願いを聞いてくださいます。この世の始まり以来、誰も生まれつきの盲目を治せなかった。彼が神ではないというのなら、こういう事ができるはずがありません。」男は彼らにそう答えた。その後、イエスはこの男を見つけて尋ねられた。「あなたは神の御子を信じるか。」男は、「私はその方を信じたいのですが、その方はどんなお方ですか。」と聞いた。イエスは、「それは今あなたが見て、あなたが話している人だ。」と言われた。男は言った。

「主よ、私は信じます。」

 

 

18.主の晩餐

イエスは私達に良い指導者とはどのような人で、どのようにしてその人を覚えておくかをお示しになった。

 イエスはエルサレムにおられ、そこで教えを説かれ、その事がユダヤ教の長老達を怒らせてしまった。彼らはイエスを逮捕する準備にかかった。イエスは彼の弟子達を食事と教えのために集められた。イエスの伝道は終わりに近づいていた。イエスは皆にこれが最後の晩餐であると告げられ、立ちあがられ、タオルを腰につけられた。イエスは彼らに、「あなた方は足を洗う必要がある。」弟子たちはイエスに自分達の足を洗ってもらう事を躊躇したが、彼はそれを主張された。「これは、あなた達に例として示すものです。指導者というものは召使のようにあるべきものです。」また、イエスは弟子達に覚えておく事を言われた。「私の言った事に従いなさい。」と。この後、イエスはユダを裏切り者としてみなされ、ユダは立ち上がりイエスを裏切り兵隊達に渡すために出ていった。それから、イエスは食べ物に感謝の祈りをささげパンを割かれた。「これは、あなた方に示すもうひとつの例です。これはあなた方の為に捧げられた私の身体です。これを食べる時には私を思い出しなさい。」次に杯を取られ、皆に回され、「これはどれだけ多くの私の血があなた方のために流されるかを示します。神との新しい契約を示しています。これを飲む時には私を思い出しなさい。」イエスは弟子達と話をなさった後、祈りの為に町外れまで出て行かれた。

 

 

19.イエスの逮捕と十字架の刑

彼はご自分の命を私達にくださった。

最後の晩餐を終えて、イエスと3人の弟子達は祈りのために町外れまでやってきた。イエスが祈っているとユダが彼を逮捕する為兵隊達を連れてやって来た。兵隊達はイエスを祭司長たちのもとへ連れて行き、イエスを殴り、告白をさせようとした。しかし、イエスは拒否されたので、祭司長は彼を王の所へ連れて行った。王は、「彼は何も悪い事をしていない。」と言ったが、祭司長達は、「イエスを殺せ。」と主張した。王はイエスを39回鞭打ってこれで許そうと考えたが、祭司長たちは依然として彼の死刑を望んだ。兵士たちはイエスを殴り嘲り、ついに王もイエスを殺す事に承諾した。兵士達はイエスを町の外に連れて行き、十字架の上に横たえ、磔にした。大きな釘で彼の手足を打ち、いばらで編んだ冠をかぶらせ、十字架を立てた。十字架の上で、イエスは激しい苦痛のために息をするのも困難となった。兵士が酸いぶどう酒を差し出したが、拒んで飲まれなかった。そして、「終わった。」と言われておなくなりになった。イエスはこの世の人民が犯す罪の及ぼす罰を自らお受けになって死なれた。全くもって罪のない人間が全ての罪深い人々の罰の身代わりになられた。

神は一人の人間を通して全世界の民がご自分の民となることを約束された。イエスがなくなられた時、昼の太陽は真っ暗になった。兵隊の長はイエスを槍で刺して本当に死んだか確かめた。

 

 

 

20.復活

イエスはご自分の死をも超える力をお持ちである。

 イエスの弟子達はイエスが殺された所へ行き、死体を十字架から引き下ろして涼しい洞穴の中に運んだ。兵士は洞穴の入り口をふさぐ大きな石を置いて、墓を監視した。弟子達はその日が安息日だったので埋葬の準備も何もできなかった。3日後、婦人達がイエスの埋葬準備のためにやって来た。彼女らが墓穴の所に来た時、兵士の姿はなく、戸口をふさいでいた大石が転がっていた。墓の中に入って、彼女らは二人の天使を見た。天使は、「なぜ、墓場の死者の中に生きておられる方を探すのか。あの方はここにはいらっしゃらない。復活なさった。」と告げた。イエスはもはや死んではおられず、死を超える力で生きておられるのである。天使を見た婦人達は弟子達の集まっている町まで走って戻り、事を伝えた。弟子達も墓へ行き、イエスが復活された事を発見した。それから後、イエスは弟子達の前に姿を顕わされ教えを説かれ共に食事をされた。500人以上の人が死から復活されたイエスを見た。イエスは彼らに、広く出て行って世界中の人々に父なる神がアブラハムとの間に交わされた契約について言い伝えるようにおっしゃった。

ある日、イエスは弟子達と別れて天に戻られ弟子達は世界中に広がり、イエスについて、また神の栄光について伝え広めた。

 

21.イエスは待っていらっしゃる。

イエスは永遠に生きておられるので私達は彼を通して神を褒め称える事ができる。

                 アダムとイブ、カインとアベルのように私達はみな罪人である。 

                 ノアやソドム、ゴモラの話にあるように、神は罪をきらわれる。罪人を罰せられる。

                 アダムとイブ、カイン、ノア、モーセ、そしてイエスの話のように神はご自分の愛されるもの

    に慈悲を示される。                                                

                 ずっと昔、神がアブラハムに向かって、世界の全ての人民はアブラハムの末裔の一人を通して      

    神を褒め称えるであろうと約束された。これらのアブラハムの末裔達が神の民となった。

                 神は、全ての民は罪を犯し、神をたたえる事ができないことを知っておられた。

                 神は世界中の人々を彼らの罪から救う救世主をこの世に送られた。

                 その救世主がイエスである。

                イエスが生まれるずっと以前に予言者たちはイエスが将来この世に来られ、多くの人に彼の命が与えられる事を予言した。

                 イエスが来られた。彼は自然界を越える力、悪魔に勝る力、死に勝る力、病に勝る力を持たれ、

    人々を愛された。彼は力の全てであり愛そのものである。

                 多くの人はイエスを恐れた。彼らは自分らの宗教理念とその伝統の中で満足していた。そして

    彼らは自分らの宗教が持つ権力が人々の上に覆い被さっている事を好んだ。また、新しい変化

    を恐れた。

*   彼らはイエスを脅し、逮捕し、殺してしまった。イエスはそうなる事を知っておられた。彼は

    それを予言なさり、ご自分の死にも勝る力をお持ちであることを弟子達に告げられた。

                 この事を証明するために死後三日目に復活なさった。

                 イエスは生きておられる。彼は始まりであり終わりである。「私は道であり、真実であり、

    そして命である。誰も私を通らずに父のもとへは行けない。」と言われた。

                 聖書は、「信仰なしでは神を喜ばせることはできない。」と言っている。イエスは、「私を

    信じる人は皆、神から彼らが父の子となる力を与えられる。」と言われている。

                 今、イエスを信じてみませんか。イエスはあなたが命を委ねるのを待っていらっしゃる。    

    あなたが罪から抜け出すのを待っていらしゃる。それは自分自身ではできない事である。でも

    彼はあなたを生まれ変わらせて新しい人間に変えてくださる。

                 あなたは神を称えることができる。

                 彼はあなたが、またあらゆる男性、女性、少年少女達が教えに従う事を待っていらっしゃる。

        

友達の皆様へ

イエスのお話を読まれた後、あなたの心の中に、「キリスト教とは何だろう。」「どのようにして自分が救われていると知る事ができるのか。」「私がイエス キリストを受け入れなかったら私に何が起こるのだろう。」「私がすべき事はたた信じるだけだ、というのは本当なのだろうか。」というような疑問が浮かんでくるのではないでしょうか。あなたに知っていただきたい事があります。それは神があなたをお造りになり、そして守ってくださっている事です。神の存在なしではあなたの存在もないのです。自分は罪人であるという事を受け入れ、神の存在を受け入れてください。あなたの持つ罪がもたらす結果とは肉体的、精神的な死なのです。なぜなら、神は罪に対し天罰をくだされるから。あなたの罪を告白し、それを容認し、それからキリストが、あなたの罪をご自分の身体にお受けになり、神の審判に耐えてくださるために十字架におつきになったと言う事を信じてください。このことは神があなたをお許しになり、あなたは神から正当化されるということです。キリストが死を越えて復活なさった事や、罪や死と言った事を打破なさった事を信じてください。また、天の父神のもとへ昇られ世界を制する神とおなりになった事をどうか信じてください。キリストは現在も生きておられ、神を賛美する新しい人生の中であなたが生きていくのを助けてくださいます。

イエス キリストをあなたの救済者として、新しい人生の守り神として受け入れていただけますか。もし、受け入れてもらえるのでしたら、次の祈りを捧げてください。

天の父なる神様、私は自分が罪人である事を知っています。私の罪を贖う為にイエス キリストをこの世にお送りくださいましてありがとうございます。そして彼を死から復活させられ、私の命、人生を左右するという偉大な権力を彼にお与えになったことを感謝いたします。私はイエスを救世主として神として受け入れます。キリストを通して、永遠の命を受け取ります。私の創造主であり、贖い主である神様、私は罪多き自分の人生を送る事をやめて、あなたに自分を捧げます。

あなたの人生の中にキリストが受け入れられている事を信じてください。そして、あなたは神の聖霊によって封印され、あなたの上に神のお名前が捺印されました。神様の事を理解し一生をかけて信頼していくために、あなたの手助けとなる幾つかのステップを紹介します。

 

第1に、人々の前でキリストへの信仰を告げること。第2に、あなたの人生に、すばらしい変化が起こったことを誰かに話し、証しすること。第3、人生の細部に渡って神に従い、信頼し、神様によろこんでもらえるように仕えること。

もしも、今日あなたがイエスに従う事を心に決められたなら、下にあるボックスをクリックする事で、私達にお知らせ下さい。そして私達は、あなたがとても重要な決断をなさった事を喜び、そして天にいらっしゃる父神様に感謝いたします。

 

 

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